3 第二回目の移転


西来寺町石標織田信包(のぶかね・信長の弟)は永禄12年(1568)から20年以上も津城主をしており、城を拡張したり、天守閣を建てたりしましたが、天正8年(1580)には安濃津の町を町ぐるみ阿漕から城下の地へ移転させました。西来寺も城主の計画に従って城下(町名変更されるまで西来寺町というのがありましたが、ここから西北へかけての一帯)へ移転しました。

柳山にあった西来寺は規模の大きな寺でありましたが、城下に移転した西末寺も柳山以上であったと思われます。

 

…『4 第三回目の移転』へ