3 真盛上人御木像


真盛上人御木像

真盛上人御木像

西来寺を開いた真盛上人は嘉吉3年(1443)津市一志町大仰で誕生、7才のとき津市白山町川口光明寺の盛源律師に隨い、19才の時に比叡山に上り慶秀和尚に師事、20余年間山に龍もられ天台の教学を究められました。当時は京都の街を焼野原にした応仁の乱を始め、全□に戦乱や一揆が起り末期的な社会不安が広がった時代でした。上人は苦患の末世に沈む人々にいつくしみをかけてお念仏をお勧めになるやさしい一面と、非道な政治で人々を苦しめている権力者に対して強く教誡する厳しい一面を兼ね備えたお方でありました。上人は明応4年(1495)2月30日伊賀市の西蓮寺で「無欲清浄にして、よくよく念仏すべし」と御遺誡になり遷化されました。おん年53才、布教期間はわずか10年間でした。